世にも美味なる魅惑のビールを誕生させるために
 (「地ビールニュース '98 July」掲載 / ビール評論家 マイケル・ジャクソン)


豊かなバラエティーがビールの魅力

 「いいビール」という言葉を聞いて、どんなビールを思い浮かべますか。醸造学が確立されるまでは、望ましくないフレーバーがないビール、あるいは欠点が見当たらないビールが良しとされていました。ここ10年を振り返ってみても、ブルワーたちは、コンペティションに出すビールは テイストがクリーンであることが命だと信じていたふしがあります。事実、いまだにそこに信をおいて審査を行っているところもあります。

 こうしたアプローチの問題点は、すべてのビールをあるひとつの方向へ導いてしまうことにあります。すなわち淡い黄金色で、ボディはライト、テイストはクリーンというビールです。飲み手にとってはさほど魅力のある味わいではありません。バラエティーに富んだビールを楽しみたいと いう飲み手の欲求は、長い間、満たされませんでした。

 しかし、1971年、ビール愛好家たちは立ち上がりました。キャラクター豊かなクラシックスタイルのブリティシュエールを守る消費者運動を 開始したのです。このリールエールキャンペーンは、地ビールメーカーを動かしました。まず英国の、そして北米の、さらに今、日本までその波 はやってきました。間違いなく、この波はさらに海を超えるでしょう。

 この素晴らしいキャンペーンによって、新たなビア・フェスティバルが生まれました。それまでは、ほとんどのビール祭りはドイツ・ミュンヘンで行われるあの有名なイベント「オクトーバーフェスト」にそっくりでした。オクトーバーフェストの具合の悪い点は、市内6つのブルワリーのビールだけしか提供していないことです。6つのブルワリーがそれぞれ巨大なテントを広げはするものの、出してくるビールはひとつか2つだけ。飲み手は中に入ったが最期、そのブルワリーの製品を飲むしかありません。なにしろほかに選択肢はないのですから。しかもハーフリットル以上 という大きなグラス……。

一方、イギリスで行われる「グレート・ブリティシュ・ビア・フェスティバル(GBBF)」には、国中から100以上のブルワリーが集まります。 しかも、それぞれの数種類のビールをかついでくるのです。来場者は、気まぐれにまかせて、たくさんのビールをサンプリングします。自由に、 創造的に、ハーフパイント(約240cc)のグラスでビールを飲み、会場内を歩き回るのです。

バラエティーを楽しむイベント

 熱烈にビールを愛するアメリカ人チャーリー・パパジアン氏(米国ブルワーズ協会会長)をGBBFに招いたのは1981年のことでした。 私の誘いがヒントになったのだと密かににらんでいるのですが、のちに彼はより斬新なビア・フェスティバルのカタチをアメリカのマーケットに デビューさせました。それがグレート・アメリカン・ビア・フェスティバル(GABF)です。

 GABFではグラスに数オンスしかビールを注ぎません。その方法をとることで、来場者はよりたくさんの種類のビールを味わうことが 出来るようになったのです。コロラド州のデンバーで毎年行われているこのフェスティバルは、テイスターのためのものです。 ただのボリュームドリンカーはお呼びではありません。

 GBBFおよびリールエールキャンペーンには、今、新しいアイディアが検討されています。実は、フェスティバルに参加したすべての イギリスのビールを審査しようという新しいコンペティションの方法を考えているところなのです。ジャッジには、通常のビアテイスターや ブルワーなどの専門家達だけでなく、消費者の代表やパブのセラーマン、飲料関係のライター、場合によっては有名人(芸能人、スポーツマン、政治家など) を迎えようと話し合っています。 確かに有名人をジャッジとして迎え入れれば、メディアの注目を浴びるでしょう。それ以外の効果については「I am not sure」と申し上げておきましょう。けれど、消費者の代表、パブのセラーマン、飲料関係のライターについては大賛成です。

 専門家達は、いまだ審査対象のビールの欠点ばかりを探し出そうとする傾向があります。しかし、消費者たちは自分たちが飲むビールから ポジティブな特徴を探し出そうとします。2つの相反するクセを持ったジャッジが揃って席に着くことで、すべてのビールがメダルに向かって厳正に審査 されるというわけです。

 その過程を経た勝者は、スタイルに忠実であるうえに、テクニカルな欠点が一切ないはずです。モルトからくる甘み、ホップがもたらすドライ感、イーストが醸し出すフルーティーさ、これらすべてが相互に作用しあって、ビールのキャラクターを作り上げているのです。そんなゴールデンラガーに出合ったら、これは非常に美味なビールだと思わざるを得ないでしょう。あるいはフルーティーなアルトやエール、フラワリーなケルシュ、コーヒーのようなダークラガー、チョコレートのようなブラックビールやローストスタウト、アルコールの強いボックやバーレイワインであったなら、それは素晴らしくよくできた、キャラクター豊かなスタイルの見本だといっていいでしょう。

コンペとジャッジの役割

 GBBFは、GABFとそのジャッジ達のおかげで、より洗練され、よりいいイベントになってきました。何度も何度もマイナーチェンジを 繰り返し、お互いが長所を取り入れあったからです。

 私は、GABFのジャッジ達は世界で一番ビールの知識があり、そして公平だと思って います(ジャッジはフィンランドやニュージーランドなど、さまざまな国からやってきます)。そして、GABFの主催者はそれに満足することなく、さらに規模を拡大し、「ワールド・ビアカップ」をスタートさせました。私はGABFやアトタンタで行われたワールド・ビアカップなどで、日本地ビール協会の小田良司氏をはじめとするインターナショナルな ジャッジたちとともにビールの審査に当たってきました。日本でビールの審査をしたのは、小田氏が主催者のひとりである大阪のインターナ ショナル・ビール・サミットが初めてでした。

 インターナショナル・ビール・サミットは、国内で生産されたビールと日本で手に入る輸入品を中心に行なわれています。 これはとても楽しめるイベントですが、私にはもうひとつの期待があります。小田氏が日本でGBBFとGABFの姉妹イベントになる 「グレート・ジャパン・ビア・フェスティバル」を開催してほしい、そこでビア・コンペティションを行ってほしいという期待です (註:98年より毎年開催)。

 イギリスとアメリカで行われているフェスティバルは、私やチャリー・パパジアン氏が夢見た以上の成功をおさめ、コンペティションも ジャッジ達も非常に重要な地位を確立しています。

 フェスティバルの初日に、コンペティションの結果を発表できれば、コンペティションとフェスティバルの両方に注目が集まります。 地ビールメーカーも注意を向けずにはいられないでしょう。フェスティバルやコンペティションに目を向けてもらうことの目的は、入賞した ビールは個性を失ったビールではないことをアピールするためです。ビールにはバラエティーがあり、その上にスタイルのガイドラインという模範があ ることを少しでも多くの人に知ってもらうことが地ビール業界にとって最重要事項なのです。

 同時に忘れてはならないのは、GBBFやGABF、あるいはワールド・ビアカップやインターナショナル・ビール・サミットが、きちんと 経験を積んだ、教育を受けたジャッジ達を確保しているという事実です。

 知識のあるジャッジは、ブルワーが腕を上げるためのアドバイザーの役割を果たすこともあれば、品質に対する見張り役になることもあります。いいジャッジとの出合いは、ブルワーの責任感を高めます。また、ビールのバラエティーを押し広げる原動力ともなり得ます。こうしたフェイドバックがあれば、地ビールのすそ野は広がっていきます。また、そのバックグラウンドがあってこそ、多くの地ビールメーカー(またはブルーパ ブやマイクロブルワリー)、あるいは異業種(酒、ワインや食料業界など)から地ビール事業に参入しようとする人たちがバイタリティーを発揮して、いいビールづくりを目指すことができるのです。いずれにせよ、ブルワーは自分の知識やビールの味を過信していないかどうかを試すチャンスを逃してはいけません。

大手メーカーにコンペは不要か

 市場を独占するいくつかの大手メーカーは、スペシャリティビールに比べればはるかに本流ですが、コンペティションによるフェイドバックは、地ビールメーカーと同じように貴重なものです。

 自分たちのプロフェショナルぶりに誇りを持っているイギリスやアメリカの大きなブルワリーは、最初のうちは自分達のビールをコンペティシ ョンにエントリーすることをためらいました。 しかし、1、2回のコンペティションを経験すると、打って変わったように、より深い快楽に期待を寄せ るようになります。そして、ワイドなブルーイングのコミュニティーに接して、新たな未来を見据えるようになるのを私は何度も目の当た りにしました。

 もちろん、どれほど偉い人でも自分自身がエントリーしたビールのカテゴリーを審査することはできません。公平を期すためではあります。 しかし、そんなことより、こうは思いませんか。自分のビールと共通点の多いビールばかりを経験しても、驚きや発見が 少なくてつまらない、と。 自分がつくっていないスタイルのビールの中にこそ、見つけるべきものがあるのではないでしょうか。

 今でも忘れられないことがあります。アメリカで開かれたコンペティションで、ロブスティで強烈にホップが効いたIPA(インディア・ペー ルエール)の審査をしていた時のことです。

 隣の席は、世界で一番ライトなテイストのビールをつくることを仕事にしている人でした。なんと、その彼がIPAを飲みながら言うのです。「どれもこれもホップが足りなすぎるな」と。あんまりびっくりしたので、私は少々皮肉をこめて聞いてみました。

「モルトの特徴もホップの特徴もないテイストレスなビールを毎日つくっていらっしゃるじゃありませんか。それなのに、このビールが物足りないんですか?」

「おっしゃる通りです。でもね」

 そのあと彼がなんと答えたと思いますか。

「今日は一番テイスティーなIPAの審査をしてるんですよ。私だってたっぷりホップが効いたビールを味わいたいんですよ」


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