ヴァラエタル・ビア『カスケード97』のヴァーチャル・テイスティング
(「地ビールニュース'97 October」掲載 / ブルーイング・コンサルタント ビアテイスター 田村功)
前号では、ホップの品種を売り物にした“ヴァラエタル・ビア”があったらいいナ、ということをお話しました。今回は“ヴァラエタル・ビア”のテイスティングをやってみたいと思います。もちろん“ヴァラエタル・ビア”なんてまだこの世に出現していませんから、あくまでも架空の話。
■ 初公開! SVHのスタイルは? ■
テイスティングをやるとなると、やはりスタイル・ガイドラインが必要になりますね。そこでまず、日本地ビール協会の小田会長に電話しました。
「小田さん、“ヴァラエタル・ビア”のスタイル・ガイドラインをつくってください」
「もうできていますよ。読みますから、メモしてください。えーと、“ヴァラエタル・ビア”は正式には“シングル・ヴァラエタル・ホップ・ビア”、略してSVHまたは“ヴァラエタル・ビア”といいます。で、そのスタイル・ガイドラインですが、色合いは、ゴールドからアンバー、もしくはダークな銅色まで。単一品種のアロマタイプ・ホップのみを使用し、ビタネス、アロマ、フレーバーともにそのホップのキャラクターが強く出ていること。ホップの苦味はローからハイ。ホップのアロマとフレーバーはストロング。ボディはローからハイ。麦芽アロマはロー。麦芽の甘味はローからハイ。カラメル・キャラクターは微少ならあっても可。フルーティーなエステル香は中程度以上。ダイアセチルはきわめて低レベルのこと。低温白濁は可。初期比重1044(糖度11%)〜1120(30%)、最終比重1008(糖度2%)〜1032(8.1%)、アルコール度数4.5〜12%、ビタネスユニット20〜60IBU、色合い4〜14SRM(10〜35EBC)。上面発酵、下面発酵、ハイブリッドを問わないが、ドライホッピングが必須条件となっています」
「なるほど。要はホップのアロマで飲む人を虜にするのが、“ヴァラエタル・ビア”の狙いなんですね」
「アロマタイプのホップ1品種だけで苦味づけとアロマづけの両方をやらなければなりません」
「アロマタイプのホップというと、ゴールディングス、ファグル、ザーツ、ハラタウミッテルフリュー、ハラタウヘルスブルッカー、シュパルター、テトナンガー、スロベニア、カスケード、ウィラメット、マウントフッド…代表的な名前だけでも10種類を越えますね」
「ブルワーは、その中から自分のいちばん好きな品種を一つだけ選んで勝負します。これまでのスタイルにとらわれずに、ブルワーの個性を思い切って打ち出せるビール、それがSVHです」
「わかりました。ガイドラインにしたがって、これからさっそくテイスティングしてみます」
「テイスティングするって、そこにSVHがあるんですか?」
「ええ、一本手に入りました。『カスケード97』とラベルに書いてあります」
「田村さん、それ開けるのちょっと待ってください。ボクもそっちへ行きますから、一緒にテイスティングしましょう」
■ いざ、テイスティング! ■
数日後、小田会長と2人で『カスケード97』の試飲会が始まりました。ちなみに97とはヴィンテージを表し、今年の秋に収穫されたばかりのヌーボー・ホップが使われています。
「じゃあ小田さん、注ぎますよ」
トクトクトクトク、シュワー…
「これはスゴイ。グラスに注いだだけで、辺り一面こんなにフローラルなアロマが漂うなんて!」
「こういうのを英語では“perfumy”と表現しますね。これだけ華々しく香るのは、きっとドライホッピングのやり方がうまいからでしょう」
「それと7%という高いアルコール度数ですね。これがアロマの揮発性を高めている」
「カスケードのアロマは柑橘系といわれていますが、この『カスケード97』は、まさにグレープフルーツの香り。これに麦芽の甘味やアルコールの強さがミックスされ、口の中で素晴らしいハーモニーを奏でています」
「熟したグレープフルーツを二つに切ったときに香り立つようなフレッシュなアロマですね。ほかにも、ハーブ系のアロマやスパイシーなフレーバーもあります。アフターテイストはドライな苦味。これが食欲を大いに湧かせるので、アペリティフとしてもいけます」
「“ヴァラエタル・ビア”の楽しさって、これですね。いくつも重なり合っているホップのアロマやフレーバーを、一つずつ拾い出しながら味わっていく。そして気がついたら陶酔の境地。一度味わったら、だれもが完全にハマってしまいます」
…しかし、これはすべて架空の話。“ヴァラエタル・ビア”もそのガイトラインも、まだ存在しません。でも、こんなのが本当にあったら楽しいと思いませんか? 地ビールメーカーの方、どなたか“ヴァラエタル・ビア”をつくってください。