ジャパン・アジア・ビアカップ2007 審査講評

   

“ジャパン・アジア・ビアカップ 2007” 審査委員長 田村功 
    

 1998年から昨年まで毎年開催されてきた「ジャパン・ビア・カップ」は、今年から「ジャパン・アジア・ビアカップ」という名称に変わった。日本と同様にアジアのいくつかの国で小規模ビール醸造の規制緩和が実施されたことを受けて、審査対象をアジア全域に拡大していくことが狙いである。初回となる今年の「ジャパン・アジア・ビアカップ2007」には、日本のほか3カ国から合計60150銘柄のビールが出品され、62日に東京都墨田区・すみだ産業会館で審査が行われた。

 昨年のの本稿で、「今年のジャパン・ビアカップに出品されたビールは、掛け値なく世界のトップクラスであると断言できる」と書いたが、「ジャパン・アジア・ビアカップ2007」ではその思いにますます確信が持てた。これまでは、審査テーブルに配られたビールを端から試飲していくと、バランスが悪い、オフフレーバーが強い、もしくは熟成が足りないと思われるものが、いくつか必ずあった。ところが今年は、そういうビールがほとんど見当たらない。問題があるとすれば、出品すべきカテゴリーが誤っている「エントリー違い」が数件あったことぐらいだろう。そういうビールも別のカテゴリーで審査されれば、「見事な出来栄え」と評価される実力があるのに、大変残念であった。

 問題のあるビールがほとんど見当たらないということは、ある意味では審査員泣かせである。どのビールもみんな入賞させたいと思うが、枠は三つしかない。そこで、はなはだ不本意ではあるが鬼となって重箱のスミをつつくように粗探しをしなくてはならない。その鉾先は、オフフレーバー、熟成度、新鮮度、バランス……と多様な面に向った。オフフレーバーのレベルが許容範囲にあっても、他のビールよりも強く感じられるとダンプ(落選)となる。熟成度、新鮮度、バランスにしても、他より少しでも劣っていると涙を飲んでダンプの対象とした。

 カテゴリー別にみると、そのような審査員泣かせのビールは「ボトル/缶部門」「ドラフト部門」ともに「ピルスナー・ファミリー系」「ヴァイスビール系」「ダークラガー系」「ダークエール系」「アメリカンエール系」などに多方面に及んでいた。これらのカテゴリーで入賞したビールは「ワールド・ビアカップ」でも入賞の可能性が極めて高いといえるだろう。また、入賞しなかったビールも国際的にみて非常に高い水準にあることを強調しておきたい。昨年の「ワールド・ビアカップ2006」では日本の地ビールが10個のメダルを獲得したが、来年の「ワールド・ビアカップ2008」ではさらにメダルの数が増えるものと、いまから楽しみである。

 「ピルスナー・ファミリー系」に関しては、ボヘミアピルスナー、ジャーマンピルスナー、ドルトムンダー/エクスポート、ミュンヒナーヘレスのどれをとっても、これまでに比べると格段の進歩である。下面発酵でつくるビールならではのクリーンですっきりとした味わいの中に、ホップアロマと苦味のレベルが各スタイルごとに規準に完全に合致し、しかもバランスよく仕上げられていた。そして、このバランスが最も美しく表現されていた3点が入賞となった。

 「ヴァイスビール系」に関しては、数年前から本場ドイツの水準を抜くものが数種類でてきていたが、そのようなビールが今回の審査では10種類を超えた。しかも、スタイルの規準内で、クローヴ香のレベルを強調したものや穏やかに仕上げたもの、あるいはその中間というようにバラエティーに富んでいることも、日本のヴァイツェンが成熟期に達したことを物語っている。酸味と甘味のバランスが非常によくなっていることは昨年も指摘しておいたが、今年はさらに磨きがかけられた。そうした中で、審査員たちを最も魅了した3点が入賞となった。

 「ダークラガー」のカテゴリーでは、「ボトル部門」のミュンヒナー・デュンケルが出品も多く軒並みに優れていた。このスタイルは歴史的に見ても、また消費される量から言っても、ドイツのバヴァリアを代表するもので、南ドイツの人々には欠かすことのできない飲物だ。モルティなビールに属するがモルト風味が強調されてはならないし、ホップのアロマもあってはならない。苦味もきわめて穏やかでなければならない。あらゆる点で目立つところがあってはならないビールであるにもかかわらず、豊かな味わいが求められる。今回エントリーされたビールは、揃ってそうした難しい条件をクリアしているばかりでなく、総合的にみてバヴァリアのデュンケルを凌駕していると言っても決して過言ではない。ただ、「ドラフト部門」への出品が一つもなかったことが惜しまれる。

 「ダークエール系」に関しては、「ボトル/缶部門」「ドラフト部門」ともにモルト風味の強いポーターやスタウト、それにアルコール度数の高いストロングエール系が多く出品された。このカテゴリーはかなり以前から高い水準にあって、多くの地ビール愛好者に飲まれてきたが、今年も、その優れた品質が維持されていることが確認できた。

 「アメリカン・エール」のカテゴリーでは、総じてホップの使い方が上手い。昨年も同じ印象を受けたが、今年はエントリーされたビールのすべてにわたって、そのことがいえる。元来、このカテゴリーは、アメリカン・ペールエールで代表されるように、アメリカ人の嗜好に応えてホップのアロマと苦味を強烈に高める傾向にあった。こうした傾向は、しかし、多くの日本人の嗜好には合わない。2,3年ほど前からデリカシーを重視する日本人の舌や鼻に合わせるように、他のスタイルよりはホップを強調しつつ、しかも全体的にバランスのとれた美味しさをつくりだす努力が始まった。その努力が実を結び、日本人にとってもドリカビリティーの高いアメリカン・エール、日本的なアメリカン・エールが確立しつつあるこという実感を持つことができた。

 以上のように、日本の地ビールのレベルは欧米の水準を超えた観がある。これに呼応するかのように、地ビールを見直したり、地ビールに関心を持つようになった消費者もどんどん増えてきている。醸造関係の方々には、ここまで達成された地ビールの高いレベルをキープするとともに、絶えざる切磋琢磨によりさらなる品質向上に努めていただきたい。また、流通・販売関係の方々には、世界のトップレベルに達している地ビールの品質を損なわずに消費者に届ける努力をお願いしたい。さもなくば、ようやく明るさの見えてきた地ビール市場も、もとの木阿弥になりかねない。それだけは、なんとしてでも防ぎたいものである。

  最後に、出品にご協力くださったメーカーおよび販売会社各位に衷心より厚くお礼を申し上げたい。また、無報酬で準備や審査に協力してくれたボランティアのみなさんにはこころから感謝の気持を表したい。

 以上


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